◆経営学視点で見るコーヒー Part.5

13世紀頃、コーヒー豆を煮出す事で「コーヒー」を生み出したのは、イスラムの人々でした。

その後、コーヒーが伝わった欧州で抽出方法の研究が進み、ネルフィルターを使った抽出や、サイフォンコーヒーなどが次々に開発されました。

抽出革命

1908年ドイツ人のメリタ・ベンツ夫人によってコーヒーフィルターが開発されました。

当時35歳であった彼女は、家庭で美味しい珈琲を淹れる方法を探していました。

様々な方法を模索している中

ノートに使用していた「紙」が適している事に気がつきます。

今の上質紙等の紙に比べ、当時のノートは給水性が非常に高いのです。

これは、万年筆などのインクがすぐに乾くように開発されたものです。

 

この方法を発見した後、すぐに彼女は会社を設立、同時にペーパー抽出の特許を取得しました。

 

これが「コーヒーを一杯ずつ抽出」する原型となりました。

 

文化としての珈琲

昔の喫茶店のイメージは「タバコ+不健康」

また、暗いイメージも強くて小中学校では立ち入りを制限しているところもあったそう。

そのイメージを払拭したのが「自家焙煎×ドリップコーヒー」

職人たちが、極上の味を求めた専門志向の形態です。

 

1960年以降、ネルフィルターを使用したネルドリップが主流となりました、この当時のネルは大容量で、一度に20杯分程度抽出できるようなものでした。

その後、更に一杯ずつ丁寧に抽出する為の小型ネルが開発され、専門性に拍車をかけました。この頃から次第に自家焙煎も流行し始めます。

しかし、どちらも非常に熟練度が必要で難しく、小さいお店であればあるほどに生産性の低いものでした。故に利益を維持するのにも膨大な企業努力が必要でした。

ブルーボトルコーヒー

ブルーボトル創設者のジェームズ・フリーマンが初めて日本を訪れたのは19歳の頃でした。その後、ビジネスの転換期にもう一度訪れる事になります。

 

コーヒーが大好きであった彼は、地元のコーヒー屋などの味に満足できず、「高級珈琲の直販・自家焙煎」といったビジネスをモデルに17㎡のガレージで開業しました。

しかし、その尖ったビジネスは早々に行き詰まります。

日本を再度訪れたのは2007年友人に勧められコーヒー屋めぐりをしていました。

その数、1日に9店舗。胃が痛くなりそうです。

しかし、彼はそんな事を気にしない程に感動していました。

 

時間が掛かろうと一杯ずつの抽出をやめない。

お店に店主の意思が強く現れている。

 

彼は地元サンフランシスコに戻り、自宅ガレージやテント販売で

「自家焙煎×ハンドドリップ」の店舗を展開します。

日本で気づいた「ホスピタリティ」をバリューに掲げて。

 

 

↓↓Instagramも要チェック‼︎

https://www.instagram.com/sapporo_coffeelife/?hl=ja

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